檀家制度が壊れて、経済的に成り立たなくなった寺院が、葬式のチャンスに、過去何十年分の費用をまとめ取りする―戒名の社会的機能はこんなところです。仏教の誤解と堕落の産物といえましょう。 「世界がわかる宗教社会学入門」
— 橋爪大三郎botさん (@hashidume_bot) 2013年5月20日
これって、そういうふうに見れば見れないこともないですけど、戒名を勉強しているわたしとしては、ちょっと極論にすぎると思います。
そもそも、どこかの宗教団体に所属してるのなら、常日頃からもっと関係性は密になっているはずです。
例えば、クリスチャンだけど、葬儀のときだけ牧師さんを呼ぶ、などということは聞いたことがありません。
日本の仏教は、少し葬儀、つまり死者に傾き過ぎていると思うのです。
でもそれは、一方的にお寺さんが悪いかといえばそんなことはなく、信徒さん、檀家さんにも責任があることです。
普段のお付き合い、そして、お布施もないのに、死んだ時もお布施がないとしたら、その宗教組織は維持できません。
ですから、死んだときに高額な戒名料を払うのが嫌だと言うのなら、普段から少額ずつお布施をするか、そもそもその宗教団体、つまりお寺さんを離れるべきなのです。
まぁ、こんなことはお寺さんは言えないでしょうけど、少なからずお腹の中では思っていると思いますよ。
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