「末期の水」の意味


「末期の水」にはどんな意味が込められているのでしょうか?

末期の水の由来は、仏典にあるようです。
仏典『長阿含経』
「末期を悟られた仏陀は弟子の阿難に命じて、口が乾いたので水を持ってきて欲しいと頼んだ。
しかし、阿難は河の上流で多くの車が通過して、水が濁って汚れているので我慢して下さいと言った。
しかし、仏陀は口の乾きが我慢できず、三度阿難にお願いをした。そして『拘孫河はここから遠くない、清く冷たいので飲みたい。
またそこの水を浴びたい』とも言った。」

上のように、仏陀の最期に水を口にふくませたことから、死者への最期のはなむけとする葬送の儀式となったのでしょう。

また、

仏教ではあの世に行くと食事をしたり水を飲むことができなくなると考えられています。
そこで死に際して水を取らせてから冥土に送り出すとの思いが込められています。
「死者が渇きに苦しまないように」
安らかに あの世に送りたいとする願いが込めて行われるようになったと言われています。
ヤフー知恵袋より


安らかにあの世に送りたい、という遺族の気持ちを表した葬送の儀式ということですね。

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